grassy place  -1-

16歳の秋、私は学校の帰りにこんなカフェを見つけた。

『思いで・記憶を預かります。   Café    grassy place』


「預かりますって…」

「グラッシープレス?」

 

ドアを開けると70歳くらいのおじいさんが一人。

コポコポと、サイフォンの音。


「そこへ座ったら」と、カウンターを指差した。

「ココアがいいかな?それとも…ミルクティかな?」

おじいさんマスターが眼鏡の奥からゆっくりとこちらを見て尋ねた。

「あー、じゃぁー、ホットココアで」


コポコポコポコポ

ピアノのBGM


「あの…私の記憶っていうか…思い出も…預かってもらえるんですか?」

やっと、小声で聞いてみた。

「いいよ。でも、きみのおばあさんの記憶を見てみるかい?」

「えっっ!」

「1974年にきみのおばあさんの直子さんは生まれたよ。」

そう言いながら、マスターは棚から一つのガラス玉が入った小瓶を

取り出した。

いつの間にか目の前に置かれたピンボールの箱の中に、ガラス玉を

入れてパチンとはじくと、ガラス玉はぐるぐると回り、箱の中は渦を巻き

モノクロの小さな液晶の画面のようなものが現れた。

その画面の中には、小さな私そっくりの女の子が立っていた。


3歳ぐらいのその小さな私は長靴をはき、リンゴ畑を走り回っている。

泥のついた長靴を、しわくちゃなおばあちゃんが藁を簡単に束ねた

ものでゴシゴシこすっていた。

「ばっちゃ、これなあに?」

「ばっちゃが作ったタワシだ。」

小さな女の子とおばあちゃんは手をつなぎ、ゆっくりと夕空に消えていった。



「これ、私のおばあちゃん?ってことは、そのまた上のおばあちゃん!?」

「直子さんの曾ばあさんさ。」

マスターはホットココアを出しながら答えた。

「明治生まれだよ。明治の女性はたいがいのものを手作りしていたんだね。」



ホットココアをふぅーっと吹きながら、こぼれそうな涙をこらえた。

なんだか久しぶりに温まったようだった。


帰り道は夕空だった。



あとがき

「草邑」では手仕事のぬくもりをストーリーとしてお伝えします。