grassy place -3-

 私は16歳のころ、小径で「Café grassy place」を見つけた.

そのカフェは『思い出、記憶を預かります。』という不思議な店だった.

 

3度目に訪ねたのは、母と口喧嘩をして家を飛び出し、気が付いたらそこへ来ていた。

 

「こんにちは… もう、今晩はですね…」

店の中にはカチコチと時計の音が刻まれていた。

「どうしたの?こんな時間に。」

いつものカウンターの席にマスターが水を出してくれた。

無言のまま座り、水を一口飲むと、目から頬にかけて涙で腫れていたのがわかった。

「直子さんに会うかい?」

顔を下げたままコクリと合図をした。

マスターの、棚から何かを出す音と、ガスに火をつける音に今は救われた。

いつものピンボールの台が目の前に置かれ、パチンとガラス玉ははじかれた。

グルグル渦を巻いた後に小さな画面が現れる。

そこにはまた、5,6歳の直子さん(母方の私の祖母)がいた。

 

居間であろうか、食器棚とテーブルが置かれ、

まだ手でひねるチャンネルのついたテレビがあった。

座布団に直子はちゃんと座り、小さな人形らしきものをたくさん並べて遊んでいた。

横には、ばっちゃとセツ婆が座り、針仕事をしていた。 

直子が遊んでいる人形のようなものは、顔だけはしっかり形作られていたが、

胴体はこけしのように寸胴で、全て木製だった。

ちょんまげのお侍さん、着物を着た娘さん、お髭のおじさん、赤ちゃん、馬や牛。

 (不思議なおもちゃ…)

「セツ婆、これ直子のおうちだよ。パパ、ママ、ケイちゃん。ケイちゃんが大きぐ

なったら、このお人形で一緒にあそぶんだ。」

  (ケイちゃんって、確か…おばあちゃんと陶芸やってた景ちゃんかな?)

                                           

「直子、はいでぎだ!」「これ何?ばっちゃ」

「これはお手玉。古い着物とばほどいで作っだんだよ。ばっちゃの枕も作っだ。」

「どうやって遊ぶの?」  「セツ婆さやっでもらえ。じょんずだはんで。」

  チャッ、チャッ、チャッ、チャッ

セツ婆は、見事にお手玉を次々と宙に舞わせた。  「すげえなあ!セツ婆」

 

直子のはしゃぐ声が外の雪景色を輝かせた。

 

 

  私は,マスターが出してくれたホットミルクを飲みながら、

小さい頃お手玉を自慢げに見せてくれた母を思い出していた。

 

 

 初雪の一粒目が降りていた。                   

 

 

                                           

 

 

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grassy place -2-

私は16歳のころ、小径で「Café grassy place」を見つけた。

 そのカフェは『思い出、記憶を預かります。』という不思議な店だった。

 

 今日は2度目。

 

「こんにちは。」

「いらっしゃい。今日もホットココア?」

 マスターがカウンターに目を移しながら聞いた。

「今日は…ミルクティーにします。」

 恥ずかしさで頬が染まった。

「学校帰りかな?」

「はい…これから塾です。」

「偉いね。なりたいものでもあるのかい?」

「一応、学芸員になりたいと思ってて」

「そうか、学芸員ね。それじゃあ勉強たいへんだ。」

 

「きみのおばあさんの直子さんは、あんまり勉強はできなかったみたいだね。

 けど…小さいころから台所仕事は好きだったみたいだ。」

「そうなんだ…(お母さんとはちょっと違うんだな)」

 紅茶の缶を取りながらマスターは、

「今日も見てみるかい?直子さんの記憶。」

「はい。お願いします。」という前にもう、ガラス玉はピンボールの箱の中へ

 はじかれた。

 渦が巻かれ、モノクロの画面には私とそっくりな5歳の直子さんが上がり台に

 立って、台所に向かっていた。

(ここはどこの台所かしら)

 横にはこの前とは違う中年のおばさんが立っていて、

 5歳の直子と米研ぎをしていた。

 ジャッ ジャッ ジャッ  ザー

「セツ婆、お米には神様が住んでるんだよ。保育園の先生が言ってだ。」

「んだよ。だからこのザルにお米が残らないように、最後の一粒までお釜に

 入れるんだよ。」

「ふーん、このザル大きいねー」

「これは、ばっちゃの嫁入り道具だよ。それをわだしがひぎついだの。

 ばっちゃがお嫁に来た大正から使っでる。穴あいだら、まだそごだげ編んで使っでる。」

「タイショーってなあに?」

「はっはっはっ ずっど昔っでごどだ。」

 

 鍋には、かぼちゃがコトコト煮えていた。

 

 

 マスターはミルクティーにかぼちゃプリンを出してくれた。

 口の中は甘さでいっぱいになり、塾に向く足は軽かった。

 もうすぐそこに水墨色の冬が来ていた。

 

 

  あとがき

  「草邑」では、てしごとの温もりをstoryとしてお伝えします。

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grassy place  -1-

16歳の秋、私は学校の帰りにこんなカフェを見つけた。

『思いで・記憶を預かります。   Café    grassy place』


「預かりますって…」

「グラッシープレス?」

 

ドアを開けると70歳くらいのおじいさんが一人。

コポコポと、サイフォンの音。


「そこへ座ったら」と、カウンターを指差した。

「ココアがいいかな?それとも…ミルクティかな?」

おじいさんマスターが眼鏡の奥からゆっくりとこちらを見て尋ねた。

「あー、じゃぁー、ホットココアで」


コポコポコポコポ

ピアノのBGM


「あの…私の記憶っていうか…思い出も…預かってもらえるんですか?」

やっと、小声で聞いてみた。

「いいよ。でも、きみのおばあさんの記憶を見てみるかい?」

「えっっ!」

「1974年にきみのおばあさんの直子さんは生まれたよ。」

そう言いながら、マスターは棚から一つのガラス玉が入った小瓶を

取り出した。

いつの間にか目の前に置かれたピンボールの箱の中に、ガラス玉を

入れてパチンとはじくと、ガラス玉はぐるぐると回り、箱の中は渦を巻き

モノクロの小さな液晶の画面のようなものが現れた。

その画面の中には、小さな私そっくりの女の子が立っていた。


3歳ぐらいのその小さな私は長靴をはき、リンゴ畑を走り回っている。

泥のついた長靴を、しわくちゃなおばあちゃんが藁を簡単に束ねた

ものでゴシゴシこすっていた。

「ばっちゃ、これなあに?」

「ばっちゃが作ったタワシだ。」

小さな女の子とおばあちゃんは手をつなぎ、ゆっくりと夕空に消えていった。



「これ、私のおばあちゃん?ってことは、そのまた上のおばあちゃん!?」

「直子さんの曾ばあさんさ。」

マスターはホットココアを出しながら答えた。

「明治生まれだよ。明治の女性はたいがいのものを手作りしていたんだね。」



ホットココアをふぅーっと吹きながら、こぼれそうな涙をこらえた。

なんだか久しぶりに温まったようだった。


帰り道は夕空だった。



あとがき

「草邑」では手仕事のぬくもりをストーリーとしてお伝えします。


 

 

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